「素・敵・通・信」は、2003年から発行している 手づくりの通信です。
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静かな山間の町や 穏やかな海辺の町を訪ね、
美しい建物を見学する旅をしました。
走行距離は 約2,000km。
7日間の旅の思い出を綴ります。
2011年 8月22日 三谷光雄 + 三谷妙子

 

〜 岡 山 県 へ 〜

快晴。絶好のドライブ日和です。今回の旅では、岡山県〜愛媛県〜香川県の瀬戸内海沿いを巡ります。早朝に出発し、北陸自動車道〜名神高速道路を通って山陽自動車道へ。途中 何度も休憩しながら、ゆっくり安全運転で走ります。
サービスエリアには、レストランやカフェ、品揃え充実の土産店があるので、つい長居してしまいますが、それも旅の楽しみ。
岡山自動車道に乗り、今日の目的地 岡山県高梁市に到着しました。高岡から約8時間の長いドライブでした。
一番目に見学するのは、備中松山城。
今回は、現存12天守閣のうち 4つの城を見学する予定です。

「 備 中 松 山 城 」 岡山県高梁市内山下1 TEL 0866-22-1487

国指定重要文化財・備中松山城の歴史は古く、1240年 秋庭重信が出城を築き、現在の天守は1683年 水谷勝宗によって完成しました。天守閣、二重櫓、土塀の一部が現存しています。「天空の山城」として有名なこの城は、海抜430mの臥牛山の頂にあります。
 


麓から歩くと1時間ほどの道のりですが、私達は5合目の「城見橋駐車場」から8合目「ふいご峠駐車場」までシャトルバスに乗りました。そこから更に徒歩で20分余り。
鬱蒼とした木立のなか 急勾配の山道を、息を弾ませながら登っていると、すれ違う人達は互いに「こんにちは」「がんばってね」と挨拶を交わし、まるで登山をしているようです。
「重機のない時代に、こんな山の上に城を建設するのは大変だったろうな。」「天気の悪い日は、登城するのも一苦労だな。」と昔を想像しながら歩きました。
途中には高札がいくつも立っていて、城主からの励ましのメッセージが書かれています。それを読むと元気が出ます。


ようやく山頂に到着して汗を拭きながら見下ろすと、高梁川沿いの町をずっと遠くまで見渡すことができました。高梁は山陽と山陰を結ぶ交通の要衝です。この山城が大切な場所だったのが分かります。

備中松山城の天守閣は2重2階。石垣の上に、どっしりと構えた姿をしています。
大きな唐破風と縦格子の窓が印象的です。内部には、長い籠城の際に食事や暖をとる為の囲炉裏がありました。天守の中で火を使う設備があるのは大変珍しいこと。
また、敵の侵入を完全に防ぐ工夫をした城主の「装束の間」もあります。ここまで入念に戦いの備えがあるのは、この城で繰り返し激しい戦いがあったから。建物が歴史を物語っているのです。



備中松山城は、明治時代に廃城が決まりましたが、高い山の上にあり、城や石垣を撤去するのには膨大な費用がかかります。その為、長く放置されたままだったそうです。
館内には、明治末頃に撮られた写真パネルが展示されていました。天守や櫓の屋根が朽ちて落ち、荒れ果てた無残な姿の写真です。見ていて心が痛みます。
昭和になり、市民の間から保存運動が起きて、昭和15年に復元修理されて現在の姿に蘇ったそうです。復元工事の記録写真のなかに、地元中学生や町の人達が、瓦や資材を肩に担ぎ一列になって山道を登る 勤労奉仕の姿がありました。
私達も、少しだけですが山道を歩いたので、その苦労を思うと頭が下がります。経緯を知って感動しました。このような努力のお陰で、今日、私達は、立派な松山城を見学することができます。





ゆっくり見学していたら、シャトルバスの最終時刻になってしまい、急いで山道を下りました。
もう夕方でしたが、武家屋敷のある城下の古い町並みを散策。小堀遠州の枯山水の庭で有名な頼久寺は、見学できず残念でした。
今夜は、ここから更に山間に行った「吹屋」という地区で宿泊の予定です。
途中 道に迷い、ハラハラしましたが、予定より遅い持間にホテルに到着しました。
こうして、旅の一日目は無事に終わりました。



 

〜 岡山県  備 中 吹 屋 〜

「 吹 屋 町 並 み 」と「 吹 屋 小 学 校 」 岡山県高梁市成羽町吹屋

吹屋地区は、海抜500mの山間の町。古くから物資の集散地として、また江戸〜昭和にかけては 銅山とベンガラ(*酸化鉄で作る赤い顔料)製造で栄えた所です。昭和52年、伝統的建造物群保存地区に指定。古い建物が保存修理されて、「吹屋ふるさと村」として公開されています。



昨夜遅くこの街道を通り、ヘッドライトが狭い道の両側の 家々の低い軒を照らし出した時は、一瞬、江戸時代にタイムスリップしたような不思議な感じがしました。

朝になり、通りを散策しました。どの家も決まって外壁はベンガラで赤く塗られ、屋根は茶褐色の瓦で葺かれています。小高い丘から見下ろすと、山の緑に赤い家並みが映えて、古いヨーロッパの街の景色のようです。

昔、町をつくった時、吹屋の有力者達は石州(島根)から宮大工達を招き、町全体を統一したデザインにするよう相談したのだそうです。また山深い土地でありながら、不便のない生活が出来るように、生活に必要なものはすべて地区の中で揃うように考えられていたそうです。現在でいえば「都市計画」ということでしょうか。かなり進んだ考え方だと感心しました。

この地区にある吹屋小学校は、明治6年に建てられ、111年の歴史があります。現役の木造校舎としては国内最古のものです。
大正時代には300人の児童がいたそうですが、現在はわずか7名。来春には閉校が決まっているそうです。








昨夜は、ライトアップされた校舎を見学しました。山を背景に、夜霧に浮かびあがる校舎は、その姿をプールに映して、とても幻想的な光景でした。先ほど町の通りで出会ったお年寄りは、自身がこの学校に通っていた子供の頃の、賑やかな思い出話をして下さいました。
現在は、高齢化・過疎化が進み、空き家が目立って、少し淋しい感じがします



「 広 兼 邸 」 岡山県高梁市成羽町中野1710  TEL 0866-29-3182

広兼邸は、映画「八つ墓村」のロケが行われたことで有名です。銅山とベンガラ製造で巨万の富を築いた 広兼家の2代目当主が、1810年に建設した個人の邸宅です。昭和60年に岡山県に寄付され、現在は一般に公開されています。聳え立つ見事な石垣に圧倒されます。

 


下からは邸宅の様子が窺えず、まるで山の上に築かれた要塞のような威圧感があります。

左手の石垣に沿って、立派な石積みを間近に見ながら 急勾配の道を登り、門の中に入ると、景色は一転して明るく開放的なものとなります。
周囲を山々に囲まれた土地なのに、敷地が山の上にあるため、空が近くに感じられます。
ずっと遠くの景色を見下ろしていると、何故だか 自分が偉くなったような気持ちになります。
堂々とした立派な母屋。座敷や蔵、茶室、庭園の意匠もなかなか凝っています。当時の日常生活が垣間見える台所や作業小屋なども興味深く見学しました。









「 西 江 邸」 岡山県高梁市成羽町坂本1604 TEL 0866-29-2805

坂本地区にある国登録有形文化財・西江邸を見学しました。戦国時代から続く惣代庄屋の家柄で、江戸時代からは銅山とベンガラで財を成した豪商の邸宅です。現在もご当主一家が住んでおられます。

 


県道沿いに車を止め、急な坂道を150mほど歩きます。
涼しい木陰の山道を登ってゆくと、やがて視界が開け、西江邸の建物群が目に飛び込んできました。白い壁と赤い瓦のコントラストが美しく、全体に明るい印象をうけます。
門をくぐると、美しく整えられた庭に格式ある式台や座敷を備えた立派な主屋、蔵、厩があります。ちなみに、西江邸も映画「釣りバカ日誌18」のロケ地に使われたそうです。








西江家の由来や建物の特徴について、奥様からお話を伺うことができました。

多くの建物は江戸中期からのものであること。邸内にある郷倉は、飢饉に備えた近隣の人々の為の食料備蓄庫となっていたこと。主屋だけでなく女中部屋や厩といった建物にも良質の木材を惜しげなく用いていること。代々の当主は芸術を愛する趣味人であったこと。特に、幕末〜明治の当主・13代目西江源一は、社会貢献に熱心で、鉱山やベンガラで成した財産を使って、近隣の人の為に学校建設や道路整備、銅山の公害防止を行ったこと、等々。

西江家に伝わる良質のベンガラは、今も九谷焼や伊万里焼、輪島漆器の赤の顔料として芸術家から熱い支持を得ているそうです。
それを伺って、資料館に焼き物や漆器が多く展示されていた理由が分かりました。現在、18代目の若いご当主は、「ベンガラ ルネッサンス」と名づけて、ベンガラの新たな可能性を探り、提案し、その良さを様々に広める活動をしておられるそうです。そのお話も興味深くお聞きしました。

長い歴史ある西江邸の建物は、大切に住み継いでおられることによって、今も生き生きと 更に魅力あるものになっていると思いました。



「 高 梁 市 成 羽 美 術 館 」 岡山県高梁市成羽町下原1068-3 TEL 0866-42-4455

休館日だったので、外観だけ見学です。設計は建築家・安藤忠雄氏。
打ち放しのコンクリートが美しい建物です。
来館者を建物内部へと導く長いアプローチは、スロープになっていて、池の水と周囲の山々の景色を楽しみながら歩むようになっているのが印象的でした。



このあとは、「しまなみ海道」を通って四国へ行きます。
島をわたる度に、橋のデザインが違うのが楽しく、旅の気分を盛り上げてくれます。
途中、PAで車を止め、夕暮れの穏やかな瀬戸内海の景色を眺めました。
静かな海に浮かぶ島々、長く波を残して進む船……大好きな海の風景です。
今夜は松山市で宿泊する予定。
山間を走り抜け、海を渡って、2日目は無事に終わりました。